カテゴリ:認知症母の介護( 41 )

東本願寺に母の遺骨を永代供養

僕には子供がいないので、墓や仏壇を引き継ぐ人がいません。
なので、父親の遺骨は東本願寺に永代供養をお願いしました。
母親は昨年9月に亡くなって1年近く経ちますが、日曜日にやっと東本願寺に遺骨を永代供養して来ました。

永代供養は法要のお世話になってるお寺を経由して申し込みます。
12万円納めないといけませんが、
それで未来永劫、東本願寺の納骨堂に、
世話になった親の遺骨を保管いただけるなら、価値があると考えています。

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京都駅からは地下道で東本願寺のすぐ近くまで雨に濡れずに行けるようになっています。

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東本願寺には9時に到着、
まず、社務所にいって葉書、領収書、遺骨を渡します。
遺骨を納骨用に別の桐箱に納め替えいただき、記載されている法名、俗名を確認します。

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10:15から視聴覚ホールに移動して、お坊さんの南無阿弥陀仏ということばについての講話を聞きました。
長野や愛知、石川等いろんな場所から300人くらい来ておられました。

それから本殿に移動し、親鸞聖人像の前で焼香して、11:30で解散となりました。

なんだか心晴れ晴れー。
親孝行出来た気持ちになれましたとさ。


披露状コピー

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by hinomarufighter | 2016-07-20 06:36 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)

やれるとこまでやってみますか

サブなって来ましたねぇ。
職場の温度計も24℃まで下がっています。
痩せてるオッサンには、
ヒートテックの長袖シャツとタイツがそろそろ必要です。

日曜日に母の四十九日法要を恙なく終えて、
昨日は出勤すると、不思議とうつの倦怠感がスーッとなくなっていました。

睡眠薬の種類を元に戻して熟睡出来たせいでしょうか。
いんや、四十九日法要を終えた母が、
早速天国から力を授けてくれたのでしょうか(笑)

こんな日もあるんですね。
こんな状況がこれから続いてくれるといいのですが。

昨夜は帰りに立ち飲みで一杯。
なんでか、母の存在を身近に感じて飲んでました。
四十九日法要を終えて天国に無事着いた母が、
早くも力を授けてくれているように感じます。

悩まず、母ならどんな助言をくれるだろうかと、
想いを馳せながら、
やれるとこまでやってみますか。

今日は神棚にまつっている石上神宮の長寿講の秋季大祭に行って楽しんで来まぁーす。

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by hinomarufighter | 2015-11-03 06:04 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)

母の七日法要に想う

来月1日の四十九日法要まで、
毎週土曜日は七日法要でお坊さんに来ていただいて、
仏壇にお経を唱えていただいてます。

七日法要は、少しずつ母の死を受け入れる訓練ですね。
一方で、母は仏様になって、父同様、
僕達を天国から再び見守ってくれる、
そんな喜びで穏やかな気持ちになれる機会でもあります。

母が認知症の時に撮った笑顔の写メを見てると、
もう会えない淋しさを感じます。

でも、母が認知症での不自由な生活や肺炎の苦しみから解放されて、
天国で穏やかに暮らせると思う嬉しさの方が大きいです。

神棚には、
母が無事に三途の川を渡り、
天国では昔の元気な母に戻りゆっくり暮らせるようにと、
毎日手を合わせてお願いしています。

仏壇には願い事をしてはいけないと、昔から教えられて来ましたが、
お願いせずとも両親が天国からきっと背中を押してくれるように思えます。
そう確信出来るのです。

今では、母の死を昇華させて、
前向きな気持ちになれています。

不器用ながらも、
心身の健康を維持し続けられる、頑張り過ぎない範囲で、
これからも引き続き、やれるだけやってみようと思います。

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by hinomarufighter | 2015-10-15 06:02 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)

お供えのお花

亡くなった母に、
お供えのお花が届きました。
お供えの花をいただいたのは初めてです。

白と緑のツートーンですが、ずいぶん華やかな印象です。
仏壇の近く、母の遺影に向けて飾りました。

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ゆりの優しい香りが部屋に漂っています。
母も喜んでいることでしょう。

大切な友人の親族が亡くなった時、
僕も心を慰めるお花を供えてみようと思います。

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by hinomarufighter | 2015-10-04 07:48 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)

不思議な出来事

母が亡くなって二週間が経ちました。

仏壇には朝な夕なに手を合わせて、
「無事に天国に行きやぁ」
「天国でゆっくりしてなぁ」
と母に語りかけています。

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認知症になってから花見に行った時や、
最後の入院中の写真を見返してると、
もう合われへんねんなぁ、と思って少し悲しくなります。

一方で、
母はこれからは御先祖様の守護神になって、
空の上からずっと見守り続けてくれると思うと、
心強くも感じます。

母が亡くなる前の日、
「ベッドの右にお父さんが怖い顔して立ってる」
「頭の後ろに誰かいてて気持ち悪い」
と言いましてね。
父が天国からお迎えに来ていたのでしょうか。
死を迎えるとき、頭上に天国からのお迎役が来るのでしょうか。

そういえば死の当日、
母が不思議なことを話しましてね。

夜中の0:40に亡くなる五時間前、
お見舞いの帰り際、
認知症の母が「ありがとう」と言いました。
一生懸命介護してくれた嫁が、振り返って枕元に戻り、
「お母さん、今、なんて言った」と聞くと、
「レイコちゃん、ありがとう。ありがとう。」
ありがとうと3回言ったのですよ。
そうしてその後、僕の本名を呼びました。
僕も枕元に戻り、
「お母さん、また明日もお見舞いに来るからね」
「元気でいててなぁ」
と耳元で話しました。

今になって思い起こすと、
母は死を察して僕達夫婦に最後のお別れをしたのでしょうか。

そんな奇跡めいたことが起こったので、
死んでも尚、
母がずっと見守ってくれているように強く思います。


不思議な出来事
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by hinomarufighter | 2015-10-01 06:35 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)

母が喜びそうなお葬式

葬儀会場は、父の葬儀と同じ株式上場の公益社。

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祭壇は女性らしく白い花で一杯にしました。
棺は花の刺繍入り。
写真は父の七回忌の宴時の大笑い顔。

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みんなおっかさんが喜びそうな顔をイメージして決めました。

身体にはバーミング処置をして、
告別式まで弾力のある肌を保っていました。

母の死に顔をアップして、
気分を害されたらごめんなさい…。
死に化粧は、口を少し開いた笑顔で、
頬が少し膨らみ、安らかな表情をしてました。

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家族葬にして、参列者は身内のみ。
宴は通夜と告別式、二日続けて笑い声が絶えない楽しいひとときになりました。
母の担当の女性社員のかたからもこんな楽しい宴は珍しい、
と褒められ?ました(笑)

湿っぽい葬儀にならず、
母をみんなで笑顔で送ることが出来、
最後の親孝行を無事に終えれたと、
清々しい気分で一杯になりました。

奇しくも母の死で9連休になり、
メンタルも十分休養出来ました。

息子想いの母は自分が死を迎える日までも、
私が十分休養出来るようにと、
思いやってくれたのでしょうか。

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by hinomarufighter | 2015-09-24 06:43 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)

告別式の挨拶

本日は雨の中、またご多忙中の中、
母×××の葬儀にご参列いただきまして、誠にありがとうございます。
親しい親族の皆さんに多数お集まりいただき、
きっと母も喜んでいると思います。

優しい父が亡くなった時、
あまり親孝行もしてやれなかった、
優しい言葉も殆どかけてやることが出来なかったと、
自責の念に駆られました。

その分、残された母には一杯親孝行してやろうと考えていたのですが、
仕事の忙しさにかまけて殆ど出来ておりませんでした。

奇しくも三年前の五月、
母は突然重い認知症を発症し、
それから妻△△△の身を粉にした献身的な介護に
私も引っ張られる形で二人で介護が始まりました。
以来親子三人で過ごす時間が多く持て、
少しは親孝行出来たかなと思っております。

認知症になってから母は今まで肺炎で入退院を繰り返し、
入院中は高熱を出したり、
痰がたくさん出るので何度も鼻からチューブを入れて、
痰を吸引するような痛い想いをして、
本当に可哀相だなといつも胸を痛めていたのですが、
棺の中の母の安らかな表情を見ていると、
これでもう痛い思いをせずに、
天国で穏やかに過ごすことが出来るのだと安堵しました。

私たち夫婦は50歳を越えていますが、
未だ発展途上の若輩者でございます。
父、母を亡くした今、
ここにご参列いただきました皆様には、
これからも引き続き、ご指導ご鞭撻を賜りますよう、
切にお願い申し上げます。

本日は誠にありがとうございました。


と涙声で喋りながら、涙ポロポロのばぶであった。
初七日法要が終わった時、
母が喜んでくれる葬式をやり遂げれたと、清々しい気分で一杯でした。

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by hinomarufighter | 2015-09-21 06:23 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)

最近の母の病状

最近、
母は平熱で、酸素補給もせずに呼吸も安定しています。
重い認知症ですが、この一週間は会話のキャッチボールが出来てます。
入院後、療法士さん達の御尽力によって、
脳が活性化されているのでしょうかね。

9月から新しくできた同じ病院の療養棟に引越ししました。
引き続き手厚い看護を受けながら、
苦痛もなく、日々穏やかに過ごしつつ、
この病院で最期のときを迎えることになります。

自力で肺炎を治癒することは出来なくなりましたが、
体調が安定し、脳も少しずつクリアになっています。

この病院のお世話になってから、
いいことずくめで感謝感謝です。
引続き、毎日仕事帰りのお見舞いを続けます。

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by hinomarufighter | 2015-09-02 06:00 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)

母のお見舞い

肺炎を自力で回復する力がなくなり、
抗生剤の点滴で命を繋いでいる入院中の母。
夏休みも毎日お見舞いに行きました。(*^_^*)

大抵は19時前に病院に着いて、
母が穏やかな表情で眠りにつくまで見守ってました。
一時、血管に血栓が詰まり、身体の右半分が動かなくなったのですが、
速やかな病院の対応で今は右手もしっかり僕の指を掴んでくれています。

最近はよく喋りますし、微熱もなくなりました。
痰吸引さえしていれば、呼吸の酸素濃度も90%台後半キープです。
状況はむしろ良くなっているように思えます。(笑)

病院ではごはんを口から食べれるような訓練をしていただいていますが、
今のレベルでは食べたものが気管に入る恐れがあるため、
それはもう少し時間がかかるとのことでした。

最期の日を待つ身の母ですが、
そんな訓練もしていただけるなんて、感謝に堪えません。

母が元気で良好な体調が続くよう、祈ってやみません。
これからも出来る限り毎日お見舞いに行くつもりです。

おわりぃ

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by hinomarufighter | 2015-08-18 06:19 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)

母との時間を大切に

最近の母の容態は安定しております。

お見舞いに行くと、
穏やかな表情で眠っているか、
起きているときは良くしゃべってくれます。
何より、元気なのが嬉しいです。
酸素補給は皆無、
微熱で水枕をするのも最近はありません。

時々「お腹空いたわ」と言われると、
母はグルメ嗜好だったので、絶食で点滴のみの現状を思うと、
とてもかわいそうになります。

自然に老衰で最後を迎えるまで、
これからどんな風に母の状況が悪化して行くのか想像出来ませんが、
産業医からアドバイスされたのは、
母と接する「今を大事に」する、「心にゆとりを」持ちながら接する、
の二点でした。

夏休みも毎日お見舞いに行きます。
母の喜怒哀楽の表情に癒されながら、
お見舞いで会っている時間を大切にして行こうと思います。

おわりぃ

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by hinomarufighter | 2015-08-07 06:12 | 認知症母の介護 | Trackback | Comments(0)